ハプニングだらけ、成長をさせてくれたアメリカという国 vol.17

語学留学、大学、グリーンカード、ピアノ、仕事の20年(グリーンカード・インディアナ大学編)

こんにちは。Ichikawa Piano Schoolの福山です。インディアナ大学で教鞭を取られている練木玲子先生からのレッスン、そしてインディアナ大学の巨大さと素晴らしさを実感した旅行から帰ってきていつもの日常に戻りました。

帰ってきてからどうやってインディアナ大学に入学できるのかを調べ始めました。まずTOEFLを取らなければいけない、しかもまあまあ高い点数。たとえグリーンカードがあっても英語が母国語でない場合はTOEFLが必要との事。それからオーディションの曲も選曲しなければいけない、最低3曲。それから授業料を調べたら自分ではとてもじゃないけど払えない。どうしても授業料全額免除のスカラシップが必要。そして何よりアメリカの大学はその州に在住している人(In-State)用の授業料(低い)とその州に在住していない人(Out-Of-State)用の授業料(高い)と金額が違っていて、私はインディアナ州に住んでいないから高い金額の授業料に当てはまってしまう。。。どうやってIn-Stateの授業料にするかは1年間学生でない状態でインディアナに住んでいるという証明があってIn-Stateの授業料になるらしい。あーまた1年余分に時間が費やされるのか。。。でもその1年さえ過ぎればIn-Stateの安い授業料になるし、その1年の間にTOEFLの勉強とオーディションに向けての練習と仕事をすればいいかなあ。。。

アーカンソー州での大学院1年生、でもうここでのピアノの勉強は終わりにしないといけない、時間の無駄はこれ以上できない、インディアナ州に引っ越しをしてインディアナ大学に入学する準備をしなければっ!!!なぜか自分のこのアイディアに不思議と躊躇する事なく自然の運びとなりました。アイディアが自分の中でとてもフィットした感じかなあ。

インディアナ州ブルーミントンという町に住むためアパートを探したり、ニャン太郎とココちゃん(白色の猫を見つけて飼い始めていました。ココちゃんはとても穏やかな性格で頬毛がフカフカの真っ白の猫で、ニャン太郎は逆に真っ黒の猫ちゃん。)と3人でインディアナに引っ越しをするのはどうしようか、引っ越しをする前に生活費を稼ぐ仕事はどうしようか、練習をするためのピアノは?玲子先生からレッスンを取れるか聞かないと。。。と色々準備しなければいけない事が出てきました。

とにかく重要なのは生活費を稼ぐ為に仕事が必要。ある日インディアナ大学でアルバイトがないか調べていたらどうやら大学の受付でデータ入力の仕事があるとの事。しかも大学の受付は音楽学部からそれほど遠くないから練習勉強をして直ぐに仕事に戻れそう(アメリカの大学はキャンパスが広大なのでかなり歩くのです)。さっそく何も知らないのに仕事に応募をしていました。そして直ぐに面接に来て欲しいとの事。インディアナ大学に又行けるっ♪♥ニャン太郎とココちゃんの世話をしてくれる友達を見つけ早速インディアナ大学に初めての訪問から7,8カ月後に行きました。その時は玲子先生のレッスンももちろん取り、レッスン料をお支払いし、丁重にお礼を申し上げ、そしていざ面接!

アメリカに長年住んでいるとどのような人物がアメリカと言う国では一般に良いとされているのかが分かってきます。自分の考えをはっきりと言う、モティベーションがあってテキパキと動く、正確さや細部にこだわる仕事ぶりなどは非常に評価される事を知っていたので、そのような人物になりきって面接は無事終了。面接時にはゆくゆくは音楽を大学院レベルで勉強したく、この仕事も続けられたらずっと続けたい旨も伝えました。アメリカでは履歴書に自分の経歴や面接時に言った事が本当かどうか確認するため、後日連絡をしても問題のない3人の名前と連絡先を書く事が普通なので私ももちろん今の仕事の人達の名前を書いて、アーカンソーに帰宅。一刻も早くニャン太郎とココちゃんに会いたくてホテルを予約せず10時間ぶっ続けで車を運転しての帰宅。で。。。途中のイリノイ州の高速道路の制限速度がやたらと遅く疲れていたのもあってあまりスピードを見ていなかったらポリスに捕まり罰金を払う羽目にもなったり、まあ色々ありながら又日常に戻っていきました。アーカンソー州の仕事の人達から 'Akiko、インディアナ大学の大学受付から電話があって、Akikoの事はちゃんと良く言っておいたから安心してね’と言われ、'あー本当に電話するんだわ~’なんて思っていましたが同僚には感謝感謝でした。

それから数週間後、インディアナ大学の面接をしてくれた女性から直接電話があって私に仕事をくれるとの事。’本当に?!あーこれでインディアナに行ける。。。生きててよかった、本当に嬉しい。。。’

ここからは話は簡単なものです。アパートを決めにまたインディアナ大学近辺まで行き契約書にサイン。アーカンソーの教会の仕事を辞める事、アメリカの会社の仕事はリモートでインディアナ州でもやっていいとの事(これも会社に何度も交渉してやっと承諾を得ました、ホッ。。。)、大学にも中退する旨を伝えて物事の整理をし始めました。

でも日本から初めてきたアメリカの町。。。初めは英語の問題もあったり大学の勉強の辛さや差別、仲間に入れない孤独など色々ありましたが本当に住めば都ですね、9年結局アーカンソー州にいて本当に好きな町でした。自分の好きな物が沢山あって知り合いも沢山いて仕事もあったし、アルバイトだらけを掛け持ちしてたけど生活には困らなかったし。去るとなると悲しくなってきますが、でもピアノの為を思えばしょうがない事。9年間分の自分の荷物とニャン太郎とココちゃんと3人でインディアナ州へ引っ越しです!

大学の受付の仕事、玲子先生とのピアノの勉強、TOEFLの準備、インディアナ州の極寒の経験など、アーカンソー州とは全く違った生活がここから始まります。アメリカに9年この時点でいても他の州に引っ越しとなるとまたドキドキ緊張してきます。どうなることやら、今までのアーカンソー州での平和に過ごしてきた生活から更により過酷な状況が始まるのですがこの時は何も知らず。。。では又次回のお話でお会いしましょう!Have a nice weekend !