ハプニングだらけ、成長をさせてくれたアメリカという国 vol.36
語学留学、大学、グリーンカード、ピアノ、仕事の20年(インディアナポリス編)
こんにちは。Ichikawa Piano Schoolの福山です。最近はやっと涼しくなってきて過ごしやすくなりました。このくらいの涼しさで止まって欲しいところです。
前回のお話の続き。。。インディアナ州コロンバスという所で仕事を紹介してもらい、いざ行ってみました。
高速道路を100キロ以上で超大型トラックに吹き飛ばされそうになりながら必死にハンドルを握りしめ辿り着いたところ。大きな建物を構えている企業がポツンぽつんとあり、従業員の車がずらーりと並んでいて。。。お店もないし、ガソリンスタンドくらいはあったような。
紹介された会社に入っていき、人事の年配の日本人男性が私を待っていてくれました。その方と共にある部屋に入り、自己紹介、今までの仕事の経歴、学位などを話し、なんとなく気に入ってもらえたような。というのも、その後に従業員が仕事をしている場所を見せてくれました。
そこには日本人の人達が6,7名が事務仕事をしていて、(あら~日本人がこんな所にもいるのねえデス。)アメリカ人もいたのですが日本語を喋っていました。アメリカにあるけど日本の企業だから日本語は喋れないとなのかな?など思いながら、オフィスを見学し、その日は終了。
行きと同じ帰り道を辿る最中もトラックに吹き飛ばされそうになり、1時間かけて帰宅。
猫Nちゃんのもとに真っ先に行き、生きているかどうかのチェック。たかだか数時間いなかっただけでこれだけ心配していたら、仕事をし始めたらどうするんだろうか。。。
数日後に人材派遣会社の人から電話がありました、私を雇いたいとの事。
気持ちは複雑でした。病気の猫Nちゃんから1日中離れていなければいけない、事務仕事って日本でやってた事と一緒の事、それならなぜピアノの学位をあれだけ努力して取ったのか、あの必死の努力はなんだったのか。
でも始めてみないとわからない、と思い仕事を引き受けることにしました。やっと無職から脱出。。。
2,3日後に同じ場所に戻り、履歴書を渡し、仕事を始めるにあたっての手続きだけをして帰宅しました。(アメリカでは仕事のオファーをする時に年齢、性別、人種による差別は絶対にあってはいけないので、人材派遣会社からは簡単な履歴書のみが提出されていたようで、実際に会って人物を見て判断をするという採用の仕方のようです。)
帰宅し、その後に自分の車のメインテナンスをある車会社に頼んであったので、自分の車に問題がないかをチェック。というのも1時間みっちり運転を毎日する予定だったので高速道路で車が故障して立ち往生なんて事は絶対にあってはならないからです。
ただでさえお金がないけど先行投資で、お金をかけて自分の車のメインテナンスをし、帰宅。
さあ、○○日から仕事が始まる!と思っていたら翌日人材派遣会社から電話がまたかかってきました。
どうなったと思いますか☺
私を雇った企業から人材派遣会社に電話があったようで、内定は取り消しとの事。
派遣会社からの理由としては先方は今の時点では人材の採用はしていないとの事。全く意味が分かりません。
多分私の履歴書を見て気に入らないところがあったのだろうと予測はつきます。(多分年齢とか学位とか?)それでも内定を出しておいて、お金をかけて車のメインテナンスもし、その後に採用しませんと。
しかもまだあるんですよ、この企業、慰謝料?のようなものとして300ドルの小切手をくれました。これで無かったことにしてという事?バカにするのもいい加減にして欲しいです。
私自身は怒りもあったような、でもこの結果で良かったような気もしました。猫Nちゃんの体調の事、そして慰謝料でたったの300ドルを送ってくるような日本企業、深入りしなくて良かったんだと思います。そしてやはり玲子先生には本当に申し訳ないです、あれだけ必死に私をピアニストにしようと、玲子先生があの手この手を使って教えてくれたことを台無しにしようとした事。
この件は非常に不快なものでしたが、決心をしました、本当に本気でインディアナポリスから脱出しないとダメだと。
それからはまた無職です。1日中家の中にいてもなので、朝は外に出て近所をウォーキング。お金が無いのでジムには行けない、なのでエクササイズとして近所を凄いスピードで早歩きして運動をしていました。
が。季節は冬になり、とにかくインディアナの冬は大雪だし、零下25度くらいまで行く時もあります。(通常はー10度くらい)なので歩くとはいっても足首まであるダウンコート、スノーブーツ、手袋2枚、帽子をかぶり、どう見てもエクササイズする洋服ではないのですが、もうそんな事はどうでもいいんです、とにかく行動をしないとなんです。
寒すぎて、痛すぎて5分しか歩けないけど、そのウォーキングが終ったら又1人アパートで孤独に耐えながら、ピアノの仕事探し。その毎日が続くある日。。。
何を思ったか’あー西海岸の気候の良い所に行きたい、仕事でもいいし、ピアノの博士課程に進んでもいい、何でもいいけど何かのチャンスはないのかなあ’とふと思いました。
結局、このふと思いついたアイディアが’絶望の中に灯る小さな光’としてインディアナポリスでの孤独な毎日を過ごす希望になりました。
さて私はどうやってインディアナポリスから脱出するのでしょう☺次回のお話でお会いしましょう!Talk to you soon and take care !
