ハプニングだらけ、成長をさせてくれたアメリカという国 vol.32

語学留学、大学、グリーンカード、ピアノ、仕事の20年(インディアナ大学編)

こんにちは。Ichikawa Piano Schoolの福山です。今週でやっと1年で一番暑い時期が終り?そうです。(本当かなあ)私は毎日気がついたら水ばかり飲んでいますが皆様、体調はいかがでしょうか。

アメリカに長年住んでいると日本がすごく異国に感じます。日本に生まれて育っているのに不思議な感覚です。海外に長年住んでもその国の文化に全く影響されない人もいますが、私の場合は全く逆。。。

インディアナ州ブルーミントンという町にある大学で、毎日毎日ながーい時間ピアノ練習をしていると(ほとんど軟禁状態)、日本人には全く会いません。会ってもお互い忙しすぎて時計を見ながら話をしますが、相手の話している内容も聞いているような聞いてないような。だって自分の事で忙しすぎてピアノや勉強以外の事は完全に、うわの空。玲子先生は日本人だけど週に1回しかレッスンはないし、国際電話で実家に電話するのも数週間に1回、家に帰って日本語で猫のNちゃんとCちゃんに話しかけるも日本語での返答は無し🐱

アメリカ人との話はもちろん英語。授業も英語、本も英語、ストアに行っても、病院に行っても、銀行に行っても、どこに行っても目に入るものも口から出て来る言葉も、聞く言葉も、全部英語。目に入るものは全部アメリカ人がやっている事。(日本の物や人は99%ありません。←自分で’助けが必要’と言えば助けてくれるかも、英語で。)こんな生活を10年以上もしていたら完全にアメリカ人化されます。

アメリカ文化生活に完全に独りで入り込んでいるところに、’春学期が終ったから3年ぶりに日本に帰ってみようかな?’と航空券を購入するも、成田空港に着いた途端に、うわ~、日本人が多いよ(当たり前)、どうしよう、困ったな、嫌なような~。。。

完全にアメリカ人化している自分 VS なぜか自分の記憶の中にある日本人の自分。もう完全に観光客です。到着ゲートを出てから実家に戻ろうと、なぜか日本に家があってそこに帰る、しかも帰り道も知っている。自分の中に別人が2人いるような感じです。成田空港から大宮駅までリムジンバスが出ているので2時間半かけて大宮駅に到着。’うわあああ、大宮駅だよ。知っている場所だけど、なんか変な感じ。。。日本人はこうやって暮らしてるのか。。。’とどう表現していいのか分からない心境。なぜか良い気分ではありません。逆カルチャーショック?

家について久しぶりの実家。皆、私が日本人であることは疑いの余地もありません。私にしてみたらアメリカ生活が長すぎてもう自分がどこの国籍の人なのか分からなくなっています。(この時点で日本語はかなりオカシイデス。)テレビからは日本語が流れていて、日本人が日本語を喋ってる。。。食卓には普通に日本食が並んでいるし。私の’両親’という人達と話をして自分の部屋に行くも、昔の記憶が蘇ってきます、良い事も悪いことも。あまり考えたくない事はそのままにして、直ぐにピアノの事を考えたり日本にいる間にする事の計画を始めます。

一人で始発電車に乗って築地に行って朝からお寿司を食べたり、銀座のユニクロで日本の洋服を買ったり、動物園に行ったり、東京芸大のコンサートを聞きに行ったり、日本食を大量に買ったり、歯医者に行ったり、病院に行ったり。

それでも頭はアメリカにあります。戻る所はアメリカ。自分の生活はアメリカにあってピアノを上手くなりたい。日本にいれば日本語が通じるし、カスタマーサービスも最高だし、定員さんの態度も格段にすばらしい。日本人はいつも一生懸命。すばらしい物が溢れています。それでもアメリカに帰りたい、アジア人で差別はある、助けてくれる人はいない、お金もない、でも戻ってピアノ勉強を追求したい、まだ自分は頑張れる。。。

ピアノ勉強に集中する中でも、きらびやかなアメリカと思われている生活の中には変な事は沢山あります。ある日知り合いの結婚式に行ったら、式の後に新郎と新婦で写真を撮っているとの事だったけど、その写真撮影がなんと参加者みんなを待たせる事2時間半も。。。(段取りが悪すぎ)こちらは大学院のテスト勉強、ピアノ練習が心配で心配でたまりません。結婚式参加者はみなさん黙ってるけど、私は悪い成績で奨学金を失うわけにはいかないんです、この結婚式のために、絶対に!!!やっと写真撮影が終わって、とっとと食事をして、結婚式の途中で帰ってきました。(新郎の母親に’セレモニーの途中で帰る’と言ったら、’恥知らず’と言われました。)帰ってくる道中は最悪の大雨。ワイパーを最速に動かしながら高速道路をものすごい勢いで飛ばして自宅に戻り、疲れと怒りの中での勉強。そしてかなり時間と体力の無駄。全く集中できませんでした。

ある日の夜にガソリンスタンドに行ったら、ホームレスの人が近づいてきて私に、’1ドル持ってる?’と聞かれたり、あるアパートの前を通りかかったらライフルを持っている沢山の警察官たち(スワットチーム)がそのアパートに入っていく瞬間を見たり。ジムに行ったら、’この時間は私がそのマシーンを使う時間だから退いて!’って直ぐそばにいて私が終るのを腕組みして怒りながら待ってるアメリカ人女性もいたし。別にあなたの物じゃないんですけどです。(本当にこんなアメリカ人には疲れます。)そんな中でも私の考えなければいけない事はピアノ。

前回のお話で東日本大震災があり、それからアメリカでのピアノ教授の需要を調べました。結果、全米で2,3つくらいの大学しか募集していませんでした。

どうするの?

玲子先生は博士課程に行く事には賛成していませんでした。実際大学でのピアノ教授のポジション獲得は殆ど不可能。じゃあなんでここまで練習しているのだろうか?

ピアノを勉強している人達に多いかも知れませんが、努力を最大限にしていると自然とその後には何か良い事、仕事はあるはずと思いこんでいるところがあります。(努力中毒?実際に調べもしないで)私もその一人でした。実際には大学での教授のポジションの募集は無いに等しい。

どうしようかなあ、と思いながらある日練習をしていると、あまりにも疲れ果てて自分の心(ピアノ勉強を博士課程で続けたい)と体力が伴っていない事に気がつきました。自分の体の事を考えるとこれ以上続けるのは無理かもしれない。。。(肩も首も手首も背中も痛すぎ、寝れないので心臓が締め付けられる感覚が続いている事がありました。)

本当の体力の限界かもしれない。。。

最終的には大学院は卒業をし、パフォーマーディプロマ(PD)の授業を全部終わらせ、大学から離れました。そして大学院のあるブルーミントンの町を離れ、インディアナ州の首都のインディアナポリスに引っ越しをしました。そこでの出来事が人生で最悪、大失敗になるとは知らず。。。

このお盆のお休みはゆっくり体を休めたいところです...zzz...次回のお話でお会いしましょう!See you next time and stay safe!